麻しん(はしか)

高熱と咳、くしゃみなどの上気道の症状と特有な発疹の出る、非常に感染力の強い感染症です。肺炎、中耳炎、喉頭炎(クループ)、脳炎などを合併することも稀ではありません。合併症がないとしても、罹った子はとてもぐったりとし、食事も摂れなくなってしまうことが多いため家庭内で看護するのは非常に困難で、入院が必要となることも多いです。ごく稀ではありますが、罹患から数年後に発症する「亜急性硬化性全脳炎」という、死に至る脳炎の原因になることがあります。

平成273月、国を挙げてのワクチン接種率向上と確実な症例把握の努力により、長年目標にしていた日本国内からの「麻しん排除」がWHOから認定されました。

病原体 麻疹ウイルス

潜伏期間 主に 8-12 日(7-18 日)

感染経路(発症時期):空気感染、飛沫感染で拡がります。感染力が最も強いのは麻しん特有の発疹が出る前、咳の出始めた頃で、この時にはまだ「麻しん」と診断されていないことも多いのです。以前は春季から夏季が流行期でしたが、最近は年間を通じて発生しています。

感染期間 発熱出現 1-2 日前から発疹出現4 日目頃まで。

症状 臨床的に、カタル期、発疹期、回復期に分けられます。1回もワクチンを接種していない場合には以下のような典型的な経過をとります。

眼の結膜充血、涙やめやに(眼脂)が多くなり、くしゃみ、鼻汁などの症状と共に発熱(38℃台程度のことが多い)、この頃口内の頬粘膜(奥歯のあたり)に「コプリック斑」という特徴的な白い斑点が見られるのが早期診断のポイントです(コプリック斑は数日で消失してしまいます)。その後熱がいったん下がりかけますが、再び高熱(40℃程度が当たり前)が出てきた時に赤い発疹が生じて発疹期となります。発疹は耳の後ろから顔面にかけて出始め、身体全体に広がっていきます。その後発疹は次第に褐色の色素沈着(黒ずみ)へと変わり、しばらく残るのが特徴です(最終的にはきれいに消えます)。この発疹期の症状ピーク時には高熱が持続し非常にぐったりとして、ろくに食事も摂れず、咳、鼻水もひどく、全身の皮膚は発疹で埋め尽くされ、見るに忍びない様子になります。家庭での看護は非常に困難で入院が望ましいことが多いのですが、空気感染する大変感染力が強い病気のため、特別な隔離室に入る必要があります。しかし、この隔離室はどこの病院でも準備されているわけではなく、また病室数も限られていますので、最悪の場合、保護者の方は頑張って家庭で看護しなくてはならないかもしれません。

発疹出現後、3-4 日間は高熱が持続し、徐々に解熱が始まります。通常7-9 日の経過で回復しますが、時には重症な経過をとることもあります。特に、麻しんの二大死因は「肺炎」と「脳炎」の合併によります。肺炎は100人に6人程度、急性脳炎は発症1,000 人に1-2 人の頻度で生じるとされています。麻しんに合併する肺炎には、①麻しんウイルスそのものによるもの、②細菌感染症の合併によるもの、あるいは免疫不全のある患者さんに合併する死亡率の高い③「巨細胞性肺炎」があります。脳炎を合併した場合、完全に回復する人は60%、2040%の人には後遺症が残り、なおかつ死亡率は15%にも及びます。また、麻しんウイルス自身の作用により抵抗力が低下し、その回復には症状が治癒した後も1か月程度かかると言われています。

また、最初に書いた「亜急性硬化性全脳炎(SSPEと略します)」は非常に稀(麻しんに罹った人約10万人に1人)ではありますが、とても恐ろしい病気です。麻しんに罹って710年後に発症し、知能障害・運動障害が徐々に進行、寝たきりで意思疎通が不可能となり、最終的には発症から半年ほどで亡くなってしまうことも多いのです。つまり、赤ちゃんの時に麻しんにかかると、元気いっぱいの小学生の頃にこの病気を発症し、命を奪われてしまいかねない、ということです。医療が進歩した現在でも、確実に助けられる方法がない病気のひとつです。

好発年齢:ワクチンが十分に普及していなかった時代には、乳児期後半から幼児期に多い病気でした。対象年齢者にしっかりワクチンが接種されていれば、罹るのはワクチン未接種者(=0歳児と接種漏れの人)及びワクチン接種から時間が経過し効果が減弱した人や、何らかの理由でワクチンによる免疫が十分につかなかった人たちです。

診断法:症状から麻しんが疑われた場合、血液、咽頭ぬぐい液、尿などを材料にしたウイルスの遺伝子検査や血液検査(抗体検査)などにより確実な診断を行うように国から求められています。麻しんは、診断した医師に全ての症例の早急な報告が法律により義務付けられている疾患です。

治療法:有効な治療薬はなく、対症療法しかありません。細菌感染の合併を併発すれば抗菌薬の投与が必要になります。

予防法:日本では、2006 年より麻疹風疹(MR)混合生ワクチンとして、1 歳時に第1 期接種、小学校入学前1 年間(年長児)に第2 期定期接種が導入され、他の先進国と同様に2回接種が行われるようになりました。法定年齢外でも任意で予防接種が受けられます。麻しんワクチンの副反応としての急性脳炎の発症は 100 万回接種に1 人以下と自然感染時に比べ低い率です。

2007年に首都圏の大学を主体に麻しんが大流行し、多数の学校で休校措置が取られたことは記憶されている方も多いと思います。この時麻しんにかかった学生たちの大半は幼児期に1回は麻しんワクチンを接種していた人たちです。しかし、1回のみの接種では年数を経ると麻しんに対する免疫が低下し、かかってしまう現象が起きるのです。このような場合は「軽いはしか」として発症することも多く、これは診断の遅れ、ひいては感染拡大の要因ともなります(いくら症状が軽くても感染力はしっかりあることに注意しなければなりません)。このように麻しんの流行が社会的な大問題となったことを受けて、翌2008年から国は麻しんワクチンを風しんワクチンとの混合ワクチンとして、1歳と年長児(6歳になる年度)の2回接種方式に改めた、という経緯があります。また同時に5年間限定の措置として、幼児期に1回しか麻しんワクチンを受けていなかった学生を守るため、中学1年生と高校3年生に麻しん風しんワクチンを定期接種しました。

このような国による施策の改善と「麻しん排除キャンペーン」により日本でも予防接種率が向上し、これまで国内で流行がみられた型のウイルスによる麻しんは排除されたと20153月にWHOから認定されました。しかし、海外由来の型による小流行は繰り返しみられています(=輸入感染症)し、今後も引き続き発生が予想されます。ですので、今後も油断せずワクチン接種を行っていくことが大変重要です。

感染拡大防止法:空気感染であり、非常に感染力が強いため、学校など集団の場では1 名だけでも発症があった場合、速やかに集団内の全ての人たちに予防接種歴を聴取します。未接種の場合、患者との接触後72 時間以内であればワクチンにて発症の阻止、あるいは症状の軽減が期待できます。また、接触から4 日以上6 日以内であればガンマグロブリンにて症状の軽減を図ることもできます。しかし、最近の製剤では効果が低い可能性があること、また、血液製剤であることを考慮する必要があります。

登校(園)基準:発疹に伴う発熱が解熱した後 3 日を経過するまでは出席停止です。ただし、病状により感染力が強いと認められたときは、さらに長期に及ぶ場合もあります。